そうだ 京都 行こう(6)

【16日】
妻籠宿の宿、大亀石さんに泊まったのは2回目でした。オイラが八重洲出版サイクルスポーツ誌編スタッフをしていた頃、当時(もう15年前ぐらいです)の某編集部員の実家でして、木曽方面へ仕事をしに来た際にお世話になったことがありました。今回は竹谷さんが宿の手配をしていたので、偶然にもそこを再訪することとなったのです。奇遇!

女将さんと記念写真を撮った後、いよいよ2日目スタート! 今日も朝6時から走ります。
脚がパンパンかと思ったら、意外とペダルを回せることに自分でもびっくり。昨夜プロテインを飲んでおいたのが効いたのでしょうか。そして驚くのは巡航速度。竹谷機関車が先頭固定で引きまくり、平地のスピードが40kmキープ! たまにはローテーションも……なんて思って彼のスリップストリームから出たとたんに、ものすごい風圧で横に並ぶことすら出来ず。。。レースの第一線からは退いたとはいえ、コンスタントに乗っているだけあってまだまだ強い!

岐阜県に入り、中津川、恵那を駆け抜けて、瑞浪市釜戸から旧中山道へ入ります。やはり旧道は農村の雰囲気が残っていますし、クルマの往来も少ないから走りすいですね。国道やバイパスでバビューンと距離を稼いで、旧道はのんびり旅を楽しむ、なんていうスタイルも良いかと思います。
標高が下がり、都市部に入るにつれて気温がグングンと上がってきます。御嵩町で30℃を越え、各務原で35℃越え。ヤバイよヤバイよ〜。ボトルがお湯になりつつあります。
立ち寄ったコンビニで店頭の水道を借りて、頭から水浴び。

もうね、暑くて暑くてたまらんのですよ。こうしたって一時的なもので、すぐにジャージは乾いてしまいます。で、走りながらボトルの水をジャージに掛けて、随時その気化熱で体温を下げなくてはなりません。
そんな中でも竹谷さんは相変わらず時速40kmオーバーをキープ。バイパス状になった国道21号をビュンビュン飛ばしますが、走っているときは身体が冷却されるものの、赤信号で止まるとボタボタッと落ちる汗。うひー。
そして岐阜市から大垣市に入る辺りで、ついに手元の温度計は40℃越え! あれあれ、第一曜日氏の様子がおかしい!?!? ついさっきコンビニストップをしたばかりなのに1時間経たずにまた補給要請。
「脚は大丈夫なんですけど、頭がダメです」
それは熱射病の初期段階では!?!?
彼がバタンと倒れてしまったらどうしよう。
登山中に遭難したパーティが救出後に記者会見を開いて、仲間の死を偲びながら
「振り返ってみると甘く見ていたと言わざるを得ません」
「これほど天候が悪化するとは思っていませんでした」
というようなことを述べられていますが、同様のことが脳裏に浮かんで、思わずバーチャル記者会見を頭の中で展開してしまいます。
「自転車を甘く見ていました」
「これほど岐阜県が暑いとは思っていませんでした」
イカンイカン、縁起でもない。前向きな対策を考えなくては。彼も冷凍アクエリアスで冷却していたようですが、それではもはや足りず、ロックアイスで大規模強制冷却に入ります。

第一曜日氏自らのガムテープマジックが炸裂し、ジャージの下にロックアイスを直接背負うという荒技に出ました。なんせ道路上は42℃。直射日光に加えて、アスファルトからの照り返し、そして横を走る自動車からの排ガス熱が容赦なく我々を襲って来るんですから。
ペースを落として関ヶ原を何とか越え、滋賀県に入っても相変わらず気温は40℃。ロックアイスが溶ける度にコンビニに入らなくてはならない我々は、近江八幡で竹谷組との同走を諦めることにしました。
コンビニに立ち寄りつつのんびり走っていると、ようやく国道1号(東海道)と合流。もう少しでっせ〜。

すると道沿いに見覚えのある青いインプレッサを発見。元アジアチャンピオン、山口孝徳くんが開いたライドデザインじゃないか。

冷房の効いた快適な室内でしばし談笑。外に出たくない……。でも走り出さないと京都に着けない……。意を決して再び走り出し、府県境の丘と清水寺の裏山を越えて、ついに来たぜ烏丸通り!

長かった〜。でも本当に着いた〜。本日の走行距離223km。登坂標高1,390m。二日間の合計は走行距離544km/登坂標高5,280m。人生で初めて「自分を褒めてあげたい」って思いましたワ。

ホテルのロビーで再集合。竹谷組みも無事に到着していました。そして走った後はもちろんコレ。

ホテル屋上のビアガーデンで乾杯!
つづけ!

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